再び、旧光州線と旧慶全線(植民地時代は慶全西部線)との分岐点です。
右が今きた方向。今度は左の道路へ。
緩やかなカーブを描いた後、次第に路盤跡は直線になっていきます。
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そして、踏切跡に出ました。出発点の陸橋から見下ろした、あの廃線に再び出会いました。
踏切跡から旧南光州駅方向を眺めます。右側の山が軌道の為に削り取られて、垂直にちかい壁面になっています。
反対側、現在の光州駅方向。
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この先、光州駅前からの、旧線路に並行する大通りにぶつかって、この道路は途切れています。
その先は家が立て込んでいて、どの辺りを線路が通っていたかは判明しませんでした。
後になって分かったのですが、この先には1943年に廃止された線路の路盤と、1969年の光州駅移転に伴って整備された路盤とが交差していました。そのことについては、次の第2区間に続きます。